ソフトボール

私がソフトボールに出会ったのは、小学6年生の時である。私はまだ、部活に入るつもりはなかった。しかし、中学校の学校説明会&部活動見学会で、転機が訪れた。私は、『吹奏楽部に入ろうかな・・・。』とはじめ思っていたが、グラウンドで初めてソフトボールというスポーツに出会ったとき、『これは、運命か・・・。』と思った。中学に入学してから、部活動体験期間というものがあったが、私はソフトボールonlyだった。入部届もすぐに書いて出した。

1年生の時は、先輩や先生に怒られることも多く、一時期イライラしていた。その一方で、教えてもらうことも多くかった。先輩が重いものを持っていたらすぐ変わり、グラウンド整備の時は、先輩より先に整備をするのがルールであった。しかし、後輩だからと言って先輩が重いものを持っていたら変わる・グラウンド整備で後輩が先輩より先に整備するのはおかしいと私は思った。後輩・先輩関係なく自分たちが使った道具やグラウンドは責任をもって最後までしまったり、整備をするべきだと思った。

2年生の時、初めて先輩になり、失敗や不安になることが多くなった。後輩に抜かされる恐怖と焦りで自分の思いどうりにプレーできなくなった。一時期、左足が痛い時期があり病院に行くと、種子骨分離症と診断された。走ると痛いので試合や練習もまともに参加できず遅れをとっていた。早く遅れを取り戻すために、休日には父とバッティング練習をしたり、平日は部活が終わった後に素振りをした。だんだん足の痛みも減り、練習や試合に参加できるようになった。その時、私は『よっしゃー!』と叫びながらガッツポーズをした。

3年生の時は、2年生の時よりも実力が発揮できなくなっていた。いわゆる『スランプに陥った。』ということだ。6月になり、夏の大会が近くになるにつれて怒りや焦りの気持ちが強くなった。7月、夏の大会では、緊張によって自分の本来持っている実力をすべて出せなかった。しかし、チームの力によって湘南大会に進出できた。そこでは、今まで勝てなかった学校に勝つことができた。その時、私は『諦めなかったから、勝てたんだ。』と思った。しかし、あと1戦勝てば県大会に行けるところで惜しくも負けてしまった。『これで引退・・・』と思うと涙が自然に流れそうになったが、グッとこらえた。チーム全員で最後ミーティングをした。ミーティング後、3年生から1・2年生にメッセージを送ろうということになり、一言ずつ言って最後に1・2年生とはハグをして、自転車で帰った。その日の夜は思い切り泣いた。

私は、ソフトボールを除けば、ただの馬鹿なのである。